JAMES JOYCE'S THE DEAD
『ザ・デッド』
作詞・作曲/リチャード・ニールソン、ショーン・ディヴィ
演出/リチャード・ニールソン、ジャック・ホフシス英国作家ジェームズ・ジョイスというと「ユリシーズ」や「フィネガンズ・ウェイク」がもっとも有名である。 このミュージカルはジェームズ・ジョイスの15作品から成る短編小説集、「ダブリン市民」(1914年)の中の「死せる人々」のミュージカル化である。 当初この「死せる人々」は「ダブリン市民」に含まれておらず、収録されるようになったのは後のことである。 日本では新潮社(安藤一郎訳)から出版されている。 また1987年にアンジェリカ・ヒューストン主演で映画化もされた(邦題 「ザ・デッド/ダブリン市民より」)。
「死せる人々」は「ダブリン市民」の中でも唯一アイルランド人の人を歓待する習慣などの長所に目を向けている作品である。 かつて決別したアイルランドとのジェームズ・ジョイス自身の和解を示す作品ともいえ、注目できる。
物語は今世紀初頭、アイルランドのダブリン。 恒例のクリスマス舞踏会で多くのゲストが集まりそれぞれ歌を披露する。 その中で、長年連れ添った夫婦ガブリエルとグレッタの微妙な心の動きを描き、美しい心理描写と共に潜在意識の世界へ踏み込んでいく。
当初「エビータ」のパティ・ルポンが出演するという話もあったが実現しなかった。 しかしキャストは非常に豪華で、映画でお馴染みのクリストファー・ウォーケン、「秘密の花園」でトニー賞を受賞した子役デイジー・イーガン、「エンジェルズ・イン・アメリカ」でトニー賞を受賞したスティーブン・スピネラらが出演。 また「サイド・ショー」でシャム双生児を演じトニー賞にノミネートされたアリス・リプリーとエミリー・スキナーが再び共演しているというのも見逃せない。
これだけのスター達がオフ・ブロードウェイの舞台に同時に立つというのは久々ではないか? また11月14日までの限定公演でチケットは完売というから大したものである。 このように前評判は良く期待が高まるが、出来のほうは余り良いとは言えない。
上演されたプレイライツ・ホライゾンズは客席数142の小さな劇場である。 ここで「ジョージの恋人」、「楽園天国」などのヒット作が初演されたことで有名である。
作曲はアイルランド出身のショーン・ディヴィ。 全てのナンバーが“登場人物の舞踏会の中での歌”という設定のもとで歌われる。 最近は「タイタニック」や「リヴァー・ダンス」のお陰かミュージカル界にもアイリッシュ・ミュージックが馴染みやすいものになった。 「ザ・デッド」の音楽もアイリッシュ・ミュージックを多く使用し心にほんのりと訴えかけてくる。
振り付けを担当したショーン・クランによるステップは映画「タイタニック」のダンス場面を思わせ、小さい舞台ながら十分に迫力があり楽しめた。
ガブリエルを演じたクリストファー・ウォーケンは残念ながらこの日喉の調子が良くなく歌の途中で喉がつまり咳ををするといったこともしばしばあった。 しかし流石に演技には説得力がある。
以外だったのはこれだけ大勢のスターをキャスティングしているのにもかかわらず、役者一人一人の役割が余りにも少ないと云うこと。 デイジー・イーガンは前半、舞踏会のメイドとして数回登場し、後半サリー・アン・ホーズ演じる舞踏会のホスト、叔母ジュリアの夢の中での若い時の彼女として5分ほど登場するのみだ。 アリス・リプリーやエミリースキナーも前半コーラスと共に一曲ナンバーを披露するのみ。 他のキャストについても同じ事が言えよう。 そのうえリチャード・ニールソンによる脚本とジャック・ホフシスによる演出がこれらの登場人物の存在感を盛り上げることはない。 これら実力派キャストが本当に必要であったのか疑問である。
また脚本の筋立てが上手く書かれておらず、物語の無情さが常に気になった。 この時点でもすでに演出家交代もあった訳で、この度の完成度の低さを見ると、11月14日までの公演期間中また何らかの変更があるのではないかと考えられる。